秩序の設計-数理が拓く河川の制御

2026年3月4日

R7年度にJSTの戦略的創造研究推進事業(以下、CREST)を獲得された、河川工学を専門とされる安田先生に、その獲得に至るまでの道のりや工夫をお伺いしました。外部資金獲得のための戦略や研究をより創造的に発展させるための姿勢など、興味深いお話をお聞きすることができました。

[予測数学基盤] 2025年度採択課題 | CREST

本記事は、新潟大学HPニュース記事から許可を得て転載した内容に、CREST獲得についてのインタビュー内容を加えて再構成したものです。

CRESTではどのような研究をされますか?

気候変動と都市化の進行により、水害リスクは一層多様化・不確実化しています。しかし、極端降雨や複雑地形を対象とした洪水予測の精度や制御技術は、依然として十分ではありません。洪水は、高次元・非線形かつ不確実性の大きい現象であり、科学的にも未解明な部分が多く残されています。

本課題では、自然河川に内在する秩序構造――特に私たちが模型実験により実在を確認した「擬似層流」など――を抽出・定式化し、河岸の拡縮など幾何学的な河道設計によってその秩序を誘発・維持する数理フレームの構築を目的とします。そのためにまず、マルチバンド・レーダを用いて実河川における水面流速を平面的かつ高頻度に観測し、物理法則に基づく制約を組み込んだ深層学習手法により水中の未観測情報を復元します。得られた流速・加速度場を手がかりに、流れの遷移に関する数理モデル化と解析を行い、分岐構造の理解を深めます。そしてこれらの知見を、水位低減と整流を両立させる最適化設計へとつなげます。

対象領域「予測数学基盤」は、変革点を事前に捉えて制御することを目指すものです。本提案はこの趣旨に沿って、数理科学の抽象性を活かしつつ異分野データを融合し、重要な兆候や変革点の予測と制御を実現しようとするものです。洪水現象における秩序の創発と設計介入を具体化し、予測と設計が相互に循環する新しい治水のあり方を提示します。

CREST獲得に至るまでの経緯や戦略、研究への姿勢として大事だと思うことを教えてください。

選択と転換点:計算モデルの壁と“見えない河川内部”への着目

私は河川工学を専門としており、実際の自然災害によって研究方針や戦略が大きな影響を受けるため、それがきっかけや転機となってきました。2009、2010年頃は、河川の計算方法に対して独自手法を概ね確立しつつあった時期で、2011年の東日本大震災、新潟県福島豪雨が、業界としても川への遡上である津波か川の氾濫である洪水かを選択する分岐点となりました。分野の研究者全体が同じ方向(津波)に進むことは、将来的な気候変動への対策の点から避けなければと考え、洪水を研究対象として選びました。しかし実は、この史上最大級の洪水に対して、これまで積み上げてきた計算資源では太刀打ちできませんでした。

そのような状況でしたが、進めると決めた洪水に関連するテーマが科研費の若手研究(A)につながり、当時としては大きなグラントだったので、研究分野・業界における責任感を勝手に意識したりしました。また同時期に、分野に関連する財団の大きな助成金もいただけて、30代の興味だけで突き進んでいた姿勢に加え、研究分野に貢献する研究をしなくてはという意欲が湧いた時期でもありました。

研究内容に話を戻すと河川の計算手法の改良に行き詰まっていたわけですが、ここで言う計算とは、単純化すれば水の動きと水が土砂をどう運ぶかを理解することであり、相互作用する水と土砂の動きを記述する計算モデルを構築することでした。その計算精度を上げられない要因として、水中の土砂の動態の計測が困難であることに思い至っていたタイミングで、ネイチャー誌に掲載されたストーム顕微鏡について書かれた論文が目に止まりました。その既存の電子顕微鏡の分解能を桁で更新した内容に衝撃を受け、これをきっかけに河川の中を間接的に見る観測方法開発への興味を強く持つことになりました。

挑戦:異分野融合研究とバックキャスト的思考法

2016年には新潟大学でも異分野融合研究推進が盛んになり、後に研究チームを組む村松先生(工学部)、早坂先生(理学部)に出会いました。彼らとの議論の中で、「定点カメラを用いた既存の河川の計測手法のままでは発展はない。電波を用いて何を測れるのが理想かを最初に考えるべき。」となり、2017、2018年には計測分野の国際学会へ参加し、海での電波による計測実例を知り、専門家との意見交換も踏まえて河川への導入を進めました。それに関するプロジェクトが挑戦的研究(開拓)に採択され、後の基盤研究(A)へつながっていきました。この一連の動きの中で、バックキャスト的な思考法が不連続なパラダイムシフトの鍵であることを経験し、それが研究への姿勢へ大きな影響を与えたと言えます。実際に、2021年の学術変革領域研究 (B)  「素粒子現象から巨大構造物までを透視するマルチスケールミューオンイメージングの創生」への分担者としての参画や、自身の河川研究においてもバックキャストの視点から理学寄りの河川の基礎研究へ挑戦し、流体科学の分野でのトップジャーナル掲載へ結びつきました。

実際に河川を測定できる電波による観測手法を確立したことによって、新しい事実は見つからないという周囲の意見もある中、河川における擬似層流という流体力学分野における100年級の重要な発見をしました。その成果を中心に据えたCREST申請は審査員からテーマの取り出し方を評価され、その発展のために数学者をチームに加えたことがプロジェクトの実現性を高め、採択に至ったと考えています。

振り返ると一連のつながった流れ、ストーリーのようなものを感じます。正直なところジリ貧な時期もあって、2015~2017年は観測装置の自作に集中していたため、論文を出すことが簡単ではなかったです。しかし、見習いたいと思っている一回り上の先人の突き抜けたやり方を参考に、自分の中で良い業績を定期的に出す目標を設定し活動し続けてきました。見本とした研究者が何をしていたかというと、優れた問いを設定することです。また、彼らは「挑戦」の姿勢を大切にしていました。そして自分も挑戦を続けていくうちに、同じ考え方を持つ人達との新しい出会いが生まれ、そういう知り合いが大型外部資金を獲得すれば刺激になるし、それ以上に研究の根本的な考え方や姿勢に対して発見があり、励みになってきました。

越境:研究の芯となる幹とチーム型研究設計

チーム型のCREST獲得までには、学術変革領域研究(A)と(B)の申請準備に総括班として加わっていた経験が間違いなく活きています。特に、学術変革領域研究(A)の代表研究者の研究に対する貪欲で真摯な態度は、このCRESTの申請においても、その姿勢が大変参考になりました。科研費の基盤研究で言えば、基盤研究(A)以上はチーム型の研究設計が必要で、そこでも活かされてきたと思います。少し申請の具体的な話をするなら、CRESTの申請書のページはそれほど多くはないため、研究の芯となる太い幹が重要になってきます。それは5年、10年の単位で探していくものだと思うので、JSTの創発的研究支援事業やさきがけは、それに適した事業だと思います。

今回のCRESTでの挑戦の核は、「越境」でした。過去、基盤研究(A)の採択を2回いただいていますが、どちらも異分野融合研究の体制で臨んだもので、自分の専門分野に他分野の新たな視点を導入したために、かなりアドバンテージがあったと思います。一方で今回は、自身の分野から出て別の領域(数理科学)へ挑戦した「越境」であり、数学分野の審査委員から土木分野の申請テーマを評価いただいた点で、初めて若手研究(A)を取ったときと同じようにこの研究に対し責任を強く意識しました。同時に、科学が普遍的なものであることを再認識し、越境を意識した研究を行ってくことで、誰から見ても伸び代のある研究になっていくと感じています。

戦略的な外部資金獲得:研究の太い幹を育てる

挑戦という観点からグラントの話をすると、例えば挑戦的研究(開拓)などの厳しく審査されるものを常に目指していくと研究計画も磨かれ、その検討の中での気付きがジャーナルでの掲載や別の外部資金獲得につながると考えています。また、挑戦的研究(開拓)や基盤研究(A)は、審査委員からの所見が返ってくることもメリットで、それを受け止め改善した再申請は経験上評価が確実に上がります。ただし、科研費の挑戦的研究は分野ごとに限られた数しか採択されないので、突き抜けた問題設定の鋭いテーマでないと難しい側面があることに注意が必要です。研究資金獲得の戦略性について言及するなら、挑戦を続けていくには上手に保険をかけていくことも重要です。大型の外部資金申請に分担者として加わることもその一例で、先に述べたように、自身が代表者として申請するときの経験を積むことにもなります。その上で、研究分野にもよりますが、成果が近いプロジェクトとロングスパンの大きなプロジェクトの多重化によって着実に大きな研究の幹を育てられると思っています。今後の展望としては科研費・特別推進研究への挑戦も見据えていて、その際には人文社会科学系の研究者にもチームに加わってもらい、「人と共生する河川」のような、より大きなテーマを構想しています。

人との出会い:研究室運営と切磋琢磨する研究者仲間

研究の姿勢、質について話すなら、研究室のあり方にも触れておきたいです。研究対象である河川は、国それぞれの特徴を持ちます。論文は国際誌で発表し、学術分野の発展のために国外で活動を行うこともありますが、後進を育て日本の河川に携わる人材の層を厚くすることにも注力しています。その背景は、国の安全保障に関わるこの領域において、全国で河川の基本計画の見直しが相次いで進んでいる一方、河川の最先端の研究を知っている人材の不足への危機感です。新しい技術を生み出そうとする挑戦が、巻き込んだ学生の育成や自立につながりますし、結果として研究分野における挑戦への雰囲気醸成につながれば嬉しいです。研究室の運営で重要だと考えているのは、学生にも直感的に興味を持ってもらえそうな、おもしろい研究の種をいつも複数個持っていられるように努力することです。いざ研究プロジェクトが始まれば、学生と運命共同体くらいの気持ちで臨んでいくことで、研究の質向上にも跳ね返ってきます。マインドセットの話で締めくくりにしたいと思います。研究への向き合い方に刺激を与えてくれる研究者仲間との出会い、良い意味で感化されるそのような出会いへ意識的に向かうことが大切です。これまでの経験から、新しい挑戦にコスパやタイパという概念はなく、近道もありません。石の上にも3年どころか、10年だと思っています。それでも、一緒に励まし合える、見本としたいマインドセットを持った研究者に出会えるような集まりを作っていけると良いと思います。


プロフィール

安田 浩保 災害・復興科学研究所 准教授/研究統括機構 研究教授

北海道開発土木研究所 研究員、Clarkson University Research Associate を経て2009年より現職。2021年より研究教授認定

研究者総覧 researchmap 研究室HP

(インタビュアー URA久間木・永島)