個体を超えて集団で代謝するシロアリ―生き物の生産維持システムの価値観を変える―

2025年7月28日

理学部でシロアリの代謝および長寿化メカニズムの研究をされている田﨑 英祐 先生に、現在の研究内容や創発的研究支援事業*(以下、創発)についてお話をお伺いしました。

*2022年度 合田パネル 採択

創発ではどのような研究をされていますか?

社会性昆虫であるシロアリは、集団で社会を構成して暮らしています。彼らの社会では、「分業」が重要なキーワードになっています。たとえば働きアリ(ワーカー)は巣の衛生管理や卵の世話、餌の探索などを担っており、兵隊アリ(ソルジャー)は巣の防衛を担っています。一方、繁殖個体とよばれる王と女王は、巣の中でも少数の生殖に特化した個体です。生物一般に、生殖と寿命にはトレードオフの関係が知られていますが、シロアリの王と女王は巣の中で最も長寿命であるという際立った特徴を持っています。これまで、社会における分業によって繁殖個体の長寿化が実現しているという理解はされてきましたが、私は行動学的な分業だけではなく、代謝レベルの生理学的な分業がなされているのではないか、という視点にたち、本来一個体で完結するような代謝経路が個体を超えて集団レベルで存在する、「超個体代謝経路」とも呼ぶべきものがあるのではないか、という仮説のもとで研究を進めています。

細胞間で代謝のコミュニケーションがおこなわれていることは、これまでも生理学や代謝工学の分野で知られていました。私の研究では、この「代謝分業」の概念を多細胞生物の個体間にまで拡張して考えています。代謝分業によって繁殖個体にかかる代謝負荷を低く抑え、彼らの長寿を実現することで、集団の恒常性をより長く保つことができるのではないかと考えられます。シロアリの繁殖個体が長寿を保ちつつ繁殖を継続できる代謝の仕組みを明らかにすることは、この仮説の有効性を検証する手がかりとなります。

代謝を一個体で完結する必要はないのではないか、という視点は、シロアリに限らず、生き物の生産システム自体の価値観を変える可能性があると考えています。最終的には、圧倒的な長寿かつ多産を実現する単独性動物(たとえばショウジョウバエなど)をつくるところまで到達して、はじめて生物の代謝分業を「創発」したといえるのではないかと考えています。

野外からシロアリの巣を切り出してラボに持ち帰る。生殖が活発になる6月から8月が王と女王の採集シーズン。王と女王が住む巣の中枢部を見つけるのが難しい。
慣れた手つきで巣からワーカーやソルジャーを次々に取り出していく。

現在はどのような研究をされていますか?

代謝分業のほか、シロアリの王と女王の特別な食「ロイヤルフード」の研究も進めています。王と女王は、自身で餌をとって食べることができないため、栄養摂取をワーカーからの給餌に完全に依存しています。我々の研究で、このロイヤルフードに含まれる成分を分析したところ、抗老化成分として知られる分子(アセチル-L-カルニチン)が含まれていることがわかりました。また、多くの特徴的な脂質成分も明らかになっています。さらに興味深いことに、王と女王が食べるロイヤルフードは組成が異なっており、いわゆる「キングフード」と「クイーンフード」が存在することも明らかになりました。

そのほか、王と女王に特異的に発現する遺伝子の解析も進めています。その中には、抗酸化に関わる遺伝子でユニークな配列を持ち、コードされるタンパク質の細胞内局在を大きく変化させるものがあることがわかってきました。そこで、この局在性を持たせた抗酸化酵素がどれだけ長寿化に影響するかを、培養細胞やショウジョウバエを用いた実験で調べています。現在は、代謝分業・ロイヤルフード・王と女王に特異的に発現する遺伝子、の三本柱で研究を進めています。

創発についてどのように感じていますか?また、先生にとって「破壊的イノベーション」とはどのようなものかもお聞かせください。

採択された当時は、空っぽの研究室しかなく、環境を整えるのに十分な研究費がない状況でしたので、創発の支援は非常にありがたく感じました。高度な代謝分析なども、創発のおかげようやく実施でできるようになりました。研究費としての使いやすさも抜群です。

創発では、すでに波に乗り自身の型を確立されている先生方が採択され、さらに研究を加速させるケースが多いように感じています。私の場合は、本学への異動によって研究が一時的に停滞していたタイミングでの採択だったため、創発はまさに研究のスタートダッシュとなりました。そのため、現時点ではまだ顕著な成果を発表するには至っていないという課題はありますが、現在は重要なデータが着実に得られており、今後の展開が本格化していく段階にあると感じています。

破壊的イノベーションがどのようなものかと問われれば、やはり学問的に新しい領域をつくり出したり、従来の価値観や考え方を打ち破って新しいものを生みだそうとする取り組みが、それに近いのかなと感じています。また、各パネルのPO(プログラムオフィサー)が何を重視しているかという価値観を理解し、それを自らの提案や姿勢に反映させていくことも重要だと思います。私の場合は、研究の出口における新規性や社会的インパクトも重視しました。

申請したパネルは、斬新なアイデアを持つ人を重視するような印象でした。もちろんパネルによって傾向は異なると思いますが、「アイデア」や「独自性」が重視されることもあるので、業績や経歴にとらわれず、臆せず挑戦すればよいと思います。申請にあたっては、特に知り合いがいる状況ではなかったので、POやAD(アドバイザー)がどういう分野の方々なのか、調べられる範囲でできる限り調査しました。こうした熱意も大切だと思います。


プロフィール

田﨑 英祐 新潟大学自然科学系地球・生物科学系列(理学部)准教授
京都大学研究員などを経て現職。
研究者総覧 researchmap

(インタビュアー URA佐藤)