分子のマッピングで紐解くシナプスの個性―分子の集まりはどのように「脳機能」に至るのか―

2025年9月1日 

脳研究所でシナプスの可塑性を研究している内ヶ島 基政 准教授に、現在の研究内容や創発的研究支援事業*(以下、創発)についてお話をお伺いしました。

*2023年度 加藤パネル 採択

現在はどのような研究をされていますか?

私は分子を通じて脳が働く仕組みを知りたいと思っています。そのため、シナプスと呼ばれる1ミクロンほどの小さな構造に注目してきました。シナプスはグルタミン酸などの伝達物質を用いて神経細胞間の情報伝達を行います。ヒトの脳内には約1,000兆個ものシナプスがあると言われており、これらが適切に働くことが私達の脳機能を支えています。発達障害等の脳疾患の一部は、シナプスの機能異常によって引き起こされるため、シナプス病と呼ばれることもあります。

シナプスは1000種類もの分子が関わる機械仕掛けの分子装置に例えられます。シナプスの働く仕組みやシナプスが関わる疾患を理解するためには、シナプスがどの分子によって、どのように形作られているかを知ることが必要です。これまでに数多くの研究がなされてきましたが、それらでは海馬に代表される特定の脳領域のシナプスについて調べられることが多く、そこから得られた知見が違う脳領域の異なるシナプスにも当てはまると考えられてきました。しかし、シナプスをよく観察すると、それぞれに個性があることがわかります。人間社会と同じように、インフルエンサーのような強力なシナプスもいれば、赤ん坊のような未熟なシナプスもいます。私はこのようなシナプスの個性を分子の視点から調べるため、モデル動物の脳組織において神経細胞の情報伝達の鍵となる分子を独自の手法でラベルし、顕微鏡を用いて高い解像度でマッピングする技術を開発・応用することで、これまでに誰にも知られていなかった新たなシナプスの個性を発見してきました。最近ではモデル動物脳だけでなく、ヒトの脳のシナプスの個性の研究にも着手しています。

創発ではどのような研究をされていますか?

シナプスは単に神経細胞間で情報を伝えるだけでなく、学習や記憶にともなって情報伝達の効率を変化させることもできます。この性質は「シナプス可塑性」と呼ばれていて、学習や記憶の仕組みとして重要です。私達が老化に伴って物覚えが悪くなるように、シナプス可塑性の起こりやすさには年齢や脳領域に応じた違いがあると考えられています。しかし、その違いの背後にある仕組みはよくわかっていません。

私の創発研究では、独自の分子マッピング技術を通じて、シナプス可塑性の鍵となるシナプス分子の高精度な脳内マッピング情報を手に入れたいと思っています。この情報に基づき、シナプス可塑性の起こりやすい脳領域と起こりにくい脳領域を比較することで、シナプス可塑性の起こりやすさを決める分子メカニズムに迫る予定です。もし、この仕組みがわかれば、老化に伴う認知機能の低下を食い止めることができるかもしれないと期待しています。

創発についてどのように感じていますか?申請のときに大事なことも教えてください。

創発は、長期間にわたって研究費の支援が受けられる点がありがたいです。また、創発採択者はそれぞれの分野で第一線で活躍されている方々なので、そういった方々とのコミュニティに参加できるのも魅力的だと思います。

申請にあたっては実績も重要ですが、他に挙げるなら、自分にしかできない画期的な技術を軸にすると申請書を書きやすいです。独自の着想やものの見方などもベースにはできると思いますが、やはり技術がわかりやすく説明しやすいと思います。


プロフィール

内ヶ島 基政 新潟大学脳研究所 准教授。
北海道大学 助教、University of Massachusetts Medical School 客員研究員などを経て2019年より現職。
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(インタビュアー URA 佐藤・久間木)