デジタル技術で解き明かす生物の行動戦略―捕食者と被食者の行動から探る合理的意思決定―

2025年9月8日

創生学部で最先端の情報工学技術を活用した動物行動研究に取り組む西海 望 先生に、現在の研究内容や創発的研究支援事業*(以下、創発)についてお話をお伺いしました。

*2024年度 斎藤パネル 採択

(本記事は、新潟大学のウェブマガジン「Evergreen」から許可を得て転載した内容に、創発に関するインタビュー内容を加えて再構成したものです。)

現在はどのような研究をされていますか?

日常の中で私たちは何かと選択を迫られることがあります。失敗の許されない場面であれば、どう判断すればよいのか頭を抱えることもあるでしょう。弱肉強食の自然界では、多くの動物は生きのびるために、餌を捕え、かつ天敵から逃れなくていけません。その時、彼らもまた、失敗の許されない選択を迫られることになります。こうした生存を懸けた駆け引きは、捕食者と被食者の間で何億年にもわたって繰り広げられてきました。その熾烈な歴史の中で高度に洗練されてきた彼らの戦略は、生物進化の中で磨かれてきた叡智とも言えるでしょう。私は、動物の優れた行動戦略を明らかにすることを通して、生物進化の驚異の一端に触れたいと思い、これまで研究を行ってきました。

これまでの研究の一例として、ヘビとカエルの駆け引きを題材としたものがあります。両者は対峙すると、そのまま動きを止め、しばし睨み合いのような膠着状態になります。この場面の駆け引きを調べたところ、両者の状況はサッカーやラグビーなどの球技で見られるパスのタイミングの駆け引きに似ていることが判明しました。例えば、パスをするときに相手選手を十分に引きつけてからパスしないと、相手はパスされた方へ進路を修正してしまいます。これと同じように、カエルはヘビを引きつけてから逃げないと、ヘビに逃げる先へ進路を修正されてしまうのです。 こうしたことから、「ヘビににらまれたカエル」は恐怖に呑まれているのではなく、よりうまく逃げるために、したたかに相手の動き出しを待っている状態であると言えるでしょう。

近年はVR技術が発展して、色々なことを仮想空間で行うことが可能になってきました。ゲームを楽しむだけでなく、自然災害など様々な危機的状況を再現して、どう逃げればよいのかをシミュレーションすることもできます。この技術を動物の戦略分析に適用することで、様々な状況で動物がどのようにうまく立ち回れるのかを調べることができます。例えば、ヘビとカエルが互いに相手の先手を待っている状況で、もしヘビがフェイントの動作を使うようになったらカエルはどうするのか、といったことをバーチャルのヘビと現実のカエルを戦わせることで検証できるようになるわけです。動物の持つ洗練された戦略を最新のデジタル技術で解き明かしていく、そういった試みが今まさに進められています。この研究には、生き物への関心とコンピュータスキルの他、戦略性を探る経済学的な思考センス、スポーツなどで培った勝負経験といった様々な方面の力を結集させることが重要です。多様な背景をもつ人々が集まり、力を合わせることで、行動学の新たな地平を切り拓けるものと信じています。

VR技術を用いた動物実験コンセプト

創発に申請するにあたり、大事だと思うことを教えてください。

創発は、大胆で挑戦的な研究に長期間の助成を受けて取り組むことができる点に加え、研究環境整備支援や採択者コミュニティといった環境面での支援が制度に組み込まれている点が魅力だと思います。申請にあたっては、事業の方向性など、創発のコンセプトを強く意識したうえで、破壊的イノベーションのアイデアと実現可能性を両立させることが重要だと感じます。

私が申請した提案は、リアルタイムデータ通信とVR技術を投入して動物用のメタバース環境を作り、それによって動物行動学研究に革新を起こそうとするものです。このアイディア自体は私が長年温めていた構想であり、それが創発の求める「破壊的イノベーション」に繋げられる自信はありました。しかし、その一方で、そのアイディア単体では行動学研究としてどうしても不完全となる要素があり、それをどう補うかという点や、アイディアの実現性を理解していただく点については、大きな壁があったと感じています。

そうしたことから、私にとって創発は決して楽な申請ではなく、過去2回不採択となり、その度に課題点の抽出とブラッシュアップを繰り返してきました。アイディア単体での弱点をどう補えるのかといった点については、他の研究領域との接続によって解決の可能性を見出し、色々な分野の研究者から根本解決に向けた技術情報の提供を受けたり、根本解決とは別のプランBとなる着地点、そしてより発展的な融合研究の可能性に関するご意見をいただいたりして、構想を補強してきました。そして、実現性の点では、これはもう実証モデルをつくり、審査員の目の前で証明するしかないと思い、パイロットモデルの開発に踏み切りました。こうした諸々の取り組みを考えると、長い準備の期間になっていたと思います。その後の面接選考にあたっては、あらためて創発的研究が何を求めているのか、申請パネルの方向性を丹念に調べました。その際は、新潟大学のUA職員の方々に有用な資料を作成していただき、大いに助けられました。そして、パネルの方向性に沿わせるように、申請書の内容を一旦分解し、プレゼンのストーリーを再構成しました。また、パネルの分野に近い研究者の協力を仰ぎ、審査員に伝わりやすい内容や表現になるように、言葉遣いやスライド上の文言の修正しました。そして研究内容そのものだけでなく、国際競争の中でどう勝つのかといった研究戦略のビジョンや、研究キャリア、研究環境、学生教育などの周辺状況も含めて、自分がいかに創発の趣旨に合致しているかを説明できるように入念に準備して面接に臨みました。

小型魚類を対象とした仮想空間内での実験の様子

全体を通して、様々な研究者、技術者、事務職員の皆様に支えていただいたことで、採択に至れたと感じています。この場を借りてお礼申し上げるとともに、そうした方々の支えを意識しながら、研究テーマを強く推し進め、創発の目指す革新的な成果に至れるように最大限の努力をしていく所存です。


プロフィール

西海 望 新潟大学自然科学系(創生学部)特任准教授

自然科学研究機構基礎生物学研究所等を経て、2025年より現職

研究者総覧 researchmap 研究室HP

(インタビュアー URA佐藤・久間木)